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児童虐待のこれまでとこれから 〜過去20年の施策をふりかえって〜【後編】

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前回の特集で「こども基本法」についてお伺いした、子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)の増沢高先生に、今回は「児童虐待」に関してお話を伺いました。

前編と後編、2回に分けてインタビュー内容をお届けしています。

インタビュー記事前編はこちら

ー 前半のインタビューでは、2009年までの法改正や虐待防止に関する世の中の動きについて伺いました。この改正は今の施設養育に大きな影響があったと記憶しています。これによって施設が小規模化の改修をしたり、グループホームが設置されたりと、整備が進んでいきました。

そして、2016年の改正です。

この年には、母子保健法も改正されました。この頃、乳児・幼児の定期健診は保健所の業務から市町村の保健センターの業務になっており、都道府県の保健所の主たる仕事は自殺防止や精神疾患、高齢者支援などに移りつつありました。

しかし、母子保健法に乳幼児虐待の予防、早期発見について明記され、保健所ではやっぱり虐待もみましょうということになったわけです。

子育て世帯包括支援センター(母子健康包括支援センター)を法定化し、市町村の多分野協働に保健領域も加わって支援を行う仕組みを作りました。包括支援センターは福祉と統合して連携するように定められています。

一方、少しややこしい話ですが、これとは別に市町村には育て総括支援拠点事業というものがあり福祉側にも同様の多分野協働の枠組みがあります。一見すると、市町村の中で役割が重複しているようにも見えますが、保健領域・福祉領域、どちらからの介入がスムーズかは市町村によって異なりますから、どちらからであっても必ず双方が介入して協働して支援を行えるような枠組みを作ったということになります。

ー 福祉の領域だけでなく、保健の領域からも双方から虐待予防を実施していく制度ができてきたのがこの年なんですね。

2016年には児童福祉法も改正されます。

この改正では、児童福祉法が1989年に批准した子供の権利条約の精神に則ったものである、ということが明記されました。30年以上かかり、ようやく子どものための“権利”という精神が法律の中に刻まれたということになります。

この改正では、養子縁組里親が法定化されます。里親の推進を図るにあたり、社会的養護としての里親だけではなく、養子縁組、つまり法律上の親子を成立させる形の枠組みを作ったわけです。

養子縁組には普通養子縁組と特別養子縁組がありますが、特別養子縁組は戸籍上本当の親子となるものです。しかし、戸籍上本当の親子になったとしても、生物学的に本当の親子になれるわけではありませんね。

そこで問題になるのは「本当の親はどこにいるのか」という、子ども、とりわけ思春期・青年期のアイデンティティの確立期にとっての大きなテーマです。近年では「telling」といって、養子縁組によって親子になったとしても、本当の親(生物学的な親)についてきちんと知る権利を保障することになっています。

ちなみに、この後2018年に養子縁組あっせん法が制定されます。

全国には特別養子縁組をあっせんする機関が多数ありますが、ほとんどが民間であり、多額のあっせん料をとってあっせんしていたという業者もあり問題視されていました。この養子縁組あっせん法により、あっせん業者は都道府県への届け出・承認が必要となりました。

これによって、悪質な人身売買まがいのあっせんは行われなくなりました。ですが当時、こういった業者によって行われていた海外への養子縁組によって、現在になって自分の親、自分のルーツについて知ることができないでいる日本人が海外に一定数いるという問題は続いています。

今後、そのようなことが起こらないよう、きちんと情報を伝えること、そして情報を管理することが重要と言えます。

しかし、これに対して異論を唱える声もあります。

熊本の「赤ちゃんポスト」という名前を聞いたことのある人は多いのではないでしょうか。親が匿名で子どもを預けられるようにしなければ、子どもを捨ててしまう親がいて、子どもの命を守るためには匿名で子どもを置いてゆくことを認める必要がある、との意見のもとに、法を犯すことになりながらも独自の事業を展開しています。子どもの命を守ること、子どもが自分のルーツを知る権利を守ること、何を優先するべきか、非常に難しく、今後も議論が続く問題です。

そして2019年の改正です。この改正では体罰の禁止を法定化しました。

民法には懲戒権というものがあり、親は子どもを懲戒、すなわち“しつけ”をすることができるとされています。現在の民法では「子供の権利を侵害するような懲戒は認めない」とされています。ただ「子供の権利を侵害しない懲戒」なんてあるのかどうか疑問ですが…。

一方、懲戒権をなくすということについては、一定の強い反対意見があるようであり、体罰の禁止についても反対意見の中で法定化されています。

現在では、体罰は愛ではなく虐待であるということが明確になっており、子どもの心の育ちや脳に体罰が与える深刻な影響がエビデンスとしてはっきり示されています。

一方で、過去には「愛のムチ」なんて言葉がありました。教師が生徒の頭をひっぱたくという状況が日常的なコミュニケーションとして成立していたり、視聴率の高い国民的なアニメなどにも親子の暴力シーンが含まれていたり…。その当時はそれが当たり前のことだったのです。

何をもって“虐待”とするか、何を悪とするか、というのは社会構成概念にすぎません。

その時代、その社会によって変化するものであることを、私たちは理解しておく必要があります。ただ、日本は法が変わると社会の意識も大きく変わる傾向にあり、体罰についてはこの改正を機に大きく社会の意識が変わることとなりました。

“虐待”と言った時に、保護者から子どもへの虐待はもちろんのこと、現在では施設の職員も該当することになっています(被措置児童虐待)。学校の教員はこれに該当しません。保護者に準ずる人、児童福祉法の枠組みにいる人間の行う不適切なかかわりは”虐待“とみなされるようになっています。

ー その時代によって、虐待や間違っていることは変化していく。それに合わせながら、法律も改正を繰り返している。もしくは法律を変えることによって、人々の意識が変わっていっているように感じました。今年2022年の法改正も今回お話いただいた流れの中にあるのだろうと思います。

これからについて先生の感じるところを教えてください。

こういった流れの中で今回の大きな児童福祉法改正があり、同時にども基本法が制定され、子供家庭設置法が制定されることとなりました。これによって、これまでの児童福祉法とども基本法はどういった関係におかれているのかが議論の対象になっていきます。

具体的にどういう展開になるのかはまだ見えていません。厚労省の中の一部の部署(児童福祉課、虐待防止対策室など)が子供家庭庁に引っ越すことなどは分かっていますが、まだわかっていないことも多いです。

ただ今回の法改正が、子どもたちを取り巻く社会が少しでも良いものになっていくように、今後の動きを注視していきたいと思っています。

今回は、子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)の増沢高先生に、今回は「児童虐待のこれまでとこれから」についてお話を伺いました。

増沢先生、ありがとうございました!